本作は、家族から十分な愛情を受けられず社会に問題児として扱われる生徒(ダリル)と、かつての華やかな職場から逃れ、自分自身も深い問題を抱える新人教師(トム)との対峙を軸に、大人の子育てと責任、未成年の反社会的な行動といった、教育・家族関係を鋭く表現した物語。
イギリスの劇作家、ダンカン・マクミランが2005年に執筆し、マンチェスターのロイヤル・エクスチェンジ・シアターで2007年に初演された本作が、このたび日本初演を迎える。
「Sparkle web」では、ダリルを演じる松岡広大にインタビューを実施。
社会が抱える問題に切り込む作品に対し、真正面から向き合う松岡が考えるダリル像とは? 本当の意味での“優しさ”とは何か、語ってもらった。
interview
脚本を読んでの印象は?
松岡:すごく口語的な本だなと思いました。話し言葉をそのまま台本に残しているような戯曲で、いわゆる古典と呼ばれる作品とも違った現代劇で。言葉を言い切らない感じや、いい淀みなどを含んだリアルな会話の応酬がすごく面白いなと思うと同時に、それを表現するのは非常に難しいだろうなと思いました。
題材もとても難しく、考えさせられる作品ですよね。
松岡:イギリスの話と言われていますが、僕は戯曲や演劇って、シェイクスピアが言うように現代を映す鏡だと思っています。イギリスだけ、海外だけじゃなくて日本でもこういったことが起きていると僕は思うし、この苦しさだったり圧迫感みたいなものは、どの場所にもあるんじゃないかなと思っています。ただそれを演じるのはやっぱり生半可な気持ちでは出来ないなと現段階では感じています。
演じられるダリルについて、どのような印象を持ちましたか?
松岡:まずはADHDとかASDに関する学術書を読んで勉強しているところです。ADHDという言葉が普通に使われるようになり、これまで分からなかったものに対して名前がつくことで分かりやすくなったところもあると思いますが、それによって排除されてしまう人たちもいるなと感じています。規範を作るということは、そこからあぶれてしまう人たち、あぶれることで不幸になってしまう人たちを生むと思うんです。だからといって、その規範が悪いものだということではなくて、その枠に入らなかった人たちにどこまで手を差し伸べるかが問題だと思っていて。その絶妙な塩梅の中で、お芝居が出来たらいいなと思います。
現時点で感じているダリルの魅力は?
松岡:分からないものが多いというのは魅力ですよね。社会の規範や法律、そういったものを知らずにいるわけなので、それは純粋とも言えるし、無垢とも言えると思います。大人の世界というのは頭のいい人たちが作ったもので、彼はそこから淘汰されてしまう人なんです。僕は純粋さをある種の暴力だと思っていて。
純粋さは時にものすごい鋭さを持っていますもんね。
松岡:とても鋭いし、狙わずとも風刺が利くのが純粋さだと思います。直感で思ったことを言ってしまうので、人からは短絡的だと思われるかもしれないけど、その言葉は心の奥底から湧き上がってくるものだと思うんです。そこは魅力的だなと思います。そしてダリルは共感性が無いと思われていますが、本当はそうではなくて、ただ知らないだけなんです。
松岡さんがトムの立場だったら、どんな風にダリルに手を差し伸べますか?
松岡:社会はあらゆるものに手を差し伸べすぎなのかもしれないとも思うんです。結局は数の論理で決められて、マジョリティー=数の多い方が、圧倒的に有利になってしまうのが世の常ですよね。手を差し伸べたり救おうとするマジョリティーが、少し無関心なくらいの方が、マイノリティーの人たちも生きやすいんじゃないかと思っていて。過剰に反応するから反発が生まれたり、言いたいことが言えなくなったりすると思うんです。
だから、理解できないことに対してある程度距離感を持つことも僕はすごく大事だと思っていて。包摂的に「分かるよ、一緒だよね」と向き合ってしまったら、さらに苦しくなってしまう気がします。場合によっては傍観することも必要だと思うので、僕がトムなら、ある程度の距離を取ってダリルを見守ると思います。これは“冷たい人間であれ”ということではなく、むしろその人がその人らしく生きるためにする行為だと思ってます。
松岡さんは、理解不能のモンスターとして描かれているダリルを演じる人間として、彼を理解したいと思いますか?
松岡:出来るだけ理解はしたいと思っています。ですが、今言ったように分からないものを分からないまま進めることも一つの手だと思います。以前、理解しようとしすぎて上手くいかなかったことがあったので……。その経験を踏まえると、キャラクターとも一定の距離を取るべきかなと。
役を理解しようとする時、僕は虫眼鏡でぐっと見始めちゃうタイプですが、鳥の目で見ないと到達できない境地があると思うので、部分的には虫眼鏡で、分からない時は視野を広げながら作り上げていきたいです。
劇中には、ダリルが影響を受けている作品や、暴行の動画についての描写が出てきます。役作りとしてそういうものに触れたり、アプローチに取り入れようと思うことはありますか?
松岡:今のSNSでは、フォローしていなくてもタイムラインにダリルが見ているような凄惨な動画や画像が、ものすごく散見されますよね。そういうものを忌避することなく、むしろ心酔して自分で見にいくダリルの感覚は分からないですが、自然と流れてくるものなので、“見てしまう”と言った方が正しいかもしれません。
なるほど。ちなみに、今回演じるダリルは14歳という人物設定ですが、松岡さんの14歳当時を振り返ると、どんな少年でしたか?
松岡:14歳の時は既に芸能の仕事をしていたので、人から見られている意識は相当ありました。ただ、あの当時は「大人は全員敵だ」と思っていましたね……(笑)。今となっては意味が分からないけど、そんな少年でした。
大人や、大人が作った社会に対する“分からなさ”がそういった気持ちにさせていたのでしょうか。大人はなぜそういう考え方をするのか、社会にはなぜこういう決まりがあるのか……それがまだ分かりきらない年齢の時は、懐疑心を持つこともあるかもしれません。
松岡:その時は世の中も社会規範もよく分からないし、思うことはあってもそれを上手く言語化できないからもどかしいんです。なのに頭ごなしに色々言ってくる大人が、きっと嫌だったんだと思います。
それはダリルにも通ずる感情かもしれないですね。子供の人格は、その子を取り巻く環境によって形成されていくことも多いと思います。そしてもし、環境がダリルという人間を作り上げたのなら、社会はどうなっていくべきなのかも考えさせられます。
松岡:これが環境によるものなのか、それとも生得的なものなのか、考えるべきはそこですよね。これを周りの大人のせいだとか、個人の性格的な問題だって言い切ることは簡単ですが、どこで彼が壊れちゃったのかということを考え始めると、結局環境だよね、親のせいだよね、とか……そもそも教育のせいだねと、堂々巡りになっていきますよね。そしてそうやって、何かのせいにすることで生きている人っていっぱいいると思いますが、それも違うのかなと思うんです。
そしてダリル自身は、どのように自分のことを理解しているのか……。
松岡:今、ダリルの視点に立ってたくさん考えていますが、ダリル自身はあまり分かっていないと思います。こんなにも大人が周りで色々言ってくる中で、すごく抑圧されているんだろうなって。
そしてその中で、周りと比べて自分が変なのか、普通なのかを考える。
松岡:きっとその葛藤もあります。彼は劇中で「俺は俺のことを大丈夫だと思ってる」って何度か言うんです。それはとてもつらい言葉で、周りからいろんなことを言われていなければ、そういう思考には陥らないと思うんです。「俺には共感性っていうものは無いらしい。でもそういうわけじゃないと思うんだよね」というセリフもありますが、そこまで言わせてしまう環境とかを色々考えてみると、彼は歴史に殺されているような気がしてしまいます。歴史が何かを生み出してるのかな、教育がそういう風にさせたのかな、とか色々な理由を考えてしまいます。
そして「あの人はこういう人だよね」、「ああいう人だよね」とカテゴライズすることが増えて、どんな人間かを言葉一つで決定付けられてしまうことも、辛さを生んでいる気がします。
松岡:それはすごくあると思います。図書館で本を探す時にここが哲学で、これが人文で、これが自然科学で……と分けられているのと同じように、人は分かりやすくするためにラベリングをしていると思います。でも、当然そこにハマらない人もいて。作られた規範からあぶれる人たちがいることは、絶対に考えないといけない。最近は“大人のADHD”という言葉も聞くようになりましたが、わざわざ“大人の”と言っているということは、子供が主流だと思われていたということになるのかなと。じゃあ今そうなっている大人は?と色々考えてしまいます。
そういうところに生きづらさを感じている人が、少なからずダリルの姿に共感したり、そうでなくても自分の抱える辛さの正体に気付けることは、一つの救いになると思います。
松岡:人の感情や境遇、あるいは症状などを「こうだ」と断定するのでなく、断定しないでいることも僕は優しさだと思います。「分からないよね」と寄り添うことも、一つの優しさなのかなと。
本作は4人芝居。ダリルを中心に展開されていく本作において、松岡さんはどんなお芝居をしたいと考えていますか?
松岡:僕はとにかく、皆さんを翻弄するお芝居をしたいです。ダリルとしてとにかくイライラさせて、でもどこかに同情の余地も作りたい。この作品は、ただ僕がめちゃくちゃなことをすればいいというわけではないと思うので、その塩梅は非常に難しいのですが。自分の伝えたいことが伝わらないから、ダリルはフラストレーションを抱えるわけなので、真正面からお芝居をして“相手に伝える”ことを意識してやりたいです。
松岡さんがどんなダリルを作り上げるのか、とても楽しみです。
松岡:初日の大阪から新国立劇場まで、どう化けることが出来るのか、僕自身もとても楽しみです。
生みの苦しみや難しい役と向き合うことは大変な作業になると思いますが、大変であればあるほど、芝居の楽しさに繋がったりもしますか?
松岡:苦しめば苦しむほど、出来ないともがけばもがくほど、芝居は楽しいです。最終的にどうなるとしても、そこに至るまでにたくさん考えることが楽しいので、たくさん考えて向き合って、訳が分からなくなるぐらいやり込みたいです。僕自身、この舞台にかけているので、ぜひ見届けていただきたいです。
information
舞台『モンスター』
【日程】2024年11月30日(土)、12月1日(日)
【会場】大阪・松下IMPホール
【日程】2024年12月7日(土)、12月8日(日)
【会場】茨城・水戸芸術館ACM劇場
【日程】2024年12月14日(土)
【会場】福岡・福岡市立南市民センター 文化ホール
【日程】2024年12月18日(水)~12月28日(土)
【会場】東京・新国立劇場 小劇場
【作】ダンカン・マクミラン
【翻訳】髙田曜子
【演出・美術】杉原邦生
【音楽】原口沙輔
【出演】
トム 役:風間俊介
ダリル 役:松岡広大
ジョディ 役:笠松はる
リタ 役:那須佐代子
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テキスト:田中莉奈
撮影:田代大樹
スタイリング:岡本健太郎
ヘアメイク:堤 紗也香